2024.01.19
前回は企業からのスタンドは制限なし。
今回は企業からのスタンドもレギュレーション通りに。
都度ルールが変わるなんていい加減すぎると憤慨中の、北九州市小倉北区、勝山公園前にあるフラワー&バルーンギフト専門店 フローラルポートの福田智雪です。
明日から2次元&声優イベントに生花スタンドを納品させていただいた時のお話。
大きすぎると突き返されて・・
結局持って帰って挿しなおして・・2度手間じゃぁ割に合いません。
唐突ですが、うちのおふくろは5人兄弟の末っ子。
出自は京都。
兄弟仲は良くもなく悪くもなく・・年老いてからはうちが九州ということもあり、割と疎遠になってきました。
そんな中、長女が一番年上で大阪にいました。
結婚してたのだけど子供はなくご主人(叔父)は早くに亡くなりました。
その長女の叔母、割と激しい性格でちょっと意固地なところもあり兄弟からは一目置かれるも、少し煙たがられる存在。
ただウチのおふくろが末っ子だったこともあり、可愛がられ割と仲が良かった。
その子供の、私も弟も結構かわいがってもらった記憶がある。
学生の頃年に一度大阪で「西日本大会」がありその都度大阪のおばちゃんのところに顔を出すと、当時酒問屋に勤めてたおばちゃんからウィスキー1本もらって仲間と酒盛りしながらフェリーで帰ったりしたものです。
そんな叔母も歳を重ねてだんだん体を動かすのが億劫になり半年に一度くらいお袋が掃除と話し相手に大阪まで出向いてた。
が、徐々に買い物にも行けなくなり、ふろにも入らず衛生的にもよくないってことでお袋が説き伏せて老健へ入居することに。
関西出張のたびに私も見舞ったり、おふくろも変わらずちょこちょこ行ってた。
そしてお袋が法定後見人になり預金含め管理することに。
はじめは自宅を移るのを渋った叔母も住めば都、落ち着いてた。
と、そんな時うちのお袋が急死。
叔母の書類や通帳もわが家にある。
可愛がってもらった恩返し、お袋の遺志も継がなきゃならん!と私が後見人を引き継いだ。
その後特養に引っ越し、担当の方とも密に連絡を取り半年に一度訪問。
外食に連れ出して帰りは買い物に連れて行って・・。
そうこうしてると、ある時急に容態が悪くなり入院することに。
特養の系列病院に入院させてもらいその場は何とか収まる。
が、特養に住所を移してたものでそのままだと特養の入居費と病院の入院代のダブル請求になる。
出向いて相談、病院と折衝。
もう退院は無理でしょうということで病院に住所を移させてもらい、そこからは寝たきりに。
最初の頃は意識もあったけど数か月でいわゆる植物人間に。
そして約3年前の年末、病院から亡くなったとの知らせ。
実は叔母は、大阪市立大学に「献体」の申し出をしていて、そこもお袋から引き継ぎ済み。
献体の世話をしてくれる「みおつくし会」に連絡して病院へ遺体引き取りをお願いしそのまま大学病院へ遺体安置。
時はコロナ禍真っただ中。
年末で仕事も忙しい。
役所に電話しまくって何とか手続きできないかと、あちこちに相談すると結局、叔母との血縁関係を証明してくれと。
本籍地の滋賀県大津市役所に電話すると担当の方が親身になってくれて結局一度も関西に行かずに手続き完了。
で、昨年10月献体のお世話をいただいた「みおつくし会」から「遺骨返還式」を執り行いますとの連絡。
コロナで出張も行かなくなり出歩くことがなくなって関西にも行ってない。
無縁仏で葬ってほしい(叔父も無縁仏で大阪のお寺に眠ってるらしい)との遺言はもらってるのでその旨「みおつくし会」へ伝えると・・
「合祀という形になりますがそれでよろしければ・・。」とのこと。
お願いすることに。
今回も、出向かなくてもすべて手続きは終わるとのこと。
が、それでは私自身の気が収まらぬ。
ってことで長くなりましたが、明日はスタッフにお店を任せて日帰り弾丸大阪行です。
遺骨返還式に関してはまた後日。